大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)13882号 判決

原告

北野正明

原告

中山光雄

右両名訴訟代理人弁護士

桝井眞二

被告

トヨタ工業株式会社

右代表者代表取締役

新村敏光

右訴訟代理人弁護士

土田庄一

主文

一  被告は、原告北野正明に対し金三四四万三七五〇円及びこれに対する平成五年五月二二日から、原告中山光雄に対し金七二万九六〇〇円及びこれに対する右同日から、各支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は、原告北野正明に対し、金三七三万六五〇〇円及びこれに対する平成五年五月二二日から、原告中山光雄に対し、金七八万九六〇〇円及びこれに対する右同日から、各支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は、電線管付属品の製造・販売等を業とする株式会社であり、原告北野正明(以下、原告北野という。)は、昭和五四年一〇月八日に、原告中山光雄(以下、原告中山という。)は、同六二年四月二七日に、それぞれ被告と雇用契約を締結した。

2  被告は、平成五年四月二一日、原告両名を同日付けをもって懲戒解雇する旨の意思表示をし、同意思表示は、翌二二日、原告両名に到達した。

3  被告会社の退職金規程(以下、本件退職金規程という。)では、退職金の支給基準及び支給日につき、次のとおり定められている。

〈1〉 従業員が会社の都合によって解雇されたときは、別表支給率Aに定める支給率を適用する。

〈2〉 勤続年数は、入社日から起算して退職日までとし、一年未満の月数は、月割計算とし、一か月に満たない場合は、当該月の出勤日数が一二日以下は切捨てとし、一三日以上は一か月として計算するものとする。

〈3〉 退職金の算定基礎額は、退職時の基本給、能力給の八割相当額とする。

〈4〉 退職金の支給額は、退職金算定基礎額×退職金支給率+端数月分という算式により計算し、端数月分についての計算は、次の満年との差額に一二分の端月数を乗じて得た額とする。

〈5〉 退職金は、退職の日から一か月以内に通貨をもって支払う。

二  争点

本件は、原告両名が本件退職金規程に基づき退職金の支払を求めた事案であり、退職金額、及び退職金不支給事由の存否が争点である。右各争点に関する双方の主張は、次のとおりである。

1  退職金額に関する原告らの主張

原告らの退職時の基本給、能力給の合計額は、原告北野については金三九万七五〇〇円、原告中山について金三二万九〇〇〇円であり、原告北野(勤続年数一三年六月)に適用される支給率(別表A率)は、一一(端数月分に関する支給率は一二・五)、原告中山(勤続年数六年)に適用される支給率(右同)は、三であるから、原告らの退職金額は、次の各算式により、原告北野については金三七三万六五〇〇円、原告中山については金七八万九六〇〇円となる。

(原告北野)

三九万七五〇〇円×〇・八×一一+(三九万七五〇〇円×〇・八)×(一二・五-一一)×六÷一二=三七三万六五〇〇円

(原告中山)

三二万九〇〇〇円×〇・八×三=七八万九六〇〇円

2  退職金不支給事由に関する被告の主張

本件退職金規程一〇条には、懲戒解雇に該当する従業員には退職金を支給しない旨の規定があるところ、原告両名は、次のとおり懲戒解雇されたものである。

平成五年四月一四日、被告会社の幹部会が招集され、原告北野第一営業部課長らが行った去る四月九日の屋形船を仕立てた花見会につき意見を交わした結果、原告北野に対し、社員の大勢で行動する場合は会社に事前に報告すること、未成年者、女性を遅くまで連れて行動することは厳に慎むこと、仕入業者と飲食する場合は経済的負担をかけないこと等を伝達した。

しかし、原告北野らは、こうした注意を受けたことを不満として、翌四月一五日原告北野をはじめ、原告中山らの第一営業部の社員は出勤せず、集団で職務ボイコットに出た。

被告会社は、原告らに出社命令を出したが、当日は出社せず、翌四月一六日、原告中山は出社するも、就業を拒否した理由について会社を改革しようとした等と反抗的態度を維持した。原告北野は、翌日も出社しなかった。

被告会社は、原告らに反省の意がないため、原告北野については、懲戒解雇事由を定めた就業規則八三条九号(「故意または重大な過失により損失もしくは損害を与えたとき」)、一二号(「越権、専断または業務命令に不当に反発し職場の秩序を乱し、または職制に対し、中傷誹謗を行ったとき」)、二一号(「前各号の行為につき、これをほう助・共謀・教唆または煽動したとき」)、二二号(「その他前各号に準ずる行為のあったとき」)に、原告中山については、就業規則同条九号、一二号、一九号(「職制を通じて発表した事項を故意に中傷誹謗し、会社業務に重大な悪影響を及ぼしたとき」)、二一号、二二号に、各該当するものと判断し、平成五年四月二一日をもって懲戒解雇した。

第三争点に対する判断

一  争点1(退職金額)について

争いのない事実と証拠(〈証拠略〉)によれば、本件退職金規程には、退職金の算定基礎額について、「退職時の基本給、能力給の合計額×八〇パーセント」と規定されているところ、被告会社では、平成五年四月から賃金体系が変更され、新賃金体系において、退職金の算定基礎額とされる基本給、能力給との対応関係について未だ規定がない。しかるところ、新賃金体系中、「資格給、職能給」が、旧賃金体系における「基本給、能力給」に当たるものであることは明らかであると認められるが、新賃金体系における「職責給」については、原告は、これが退職金の算定基礎額に含まれる旨主張し、原告北野本人も同旨の供述をするが、右供述は特に根拠を示してのものではなくこれを採用するに足りず、他に右主張に沿う確たる証拠はない。したがって、退職金の算定基礎額は、新賃金体系中、「資格給」及び「職能給」をもって当てるべきであると考えられる。そうすると、原告北野の退職金算定基礎額は、資格給一八万円及び職能給一八万二五〇〇円、合計三六万二五〇〇円であり、原告中山のそれは、資格給一五万円、職能給一五万四〇〇〇円、合計三〇万四〇〇〇円である。

これによって本件退職金規程に基づき、原告らの退職金額を計算すると、次の各算式のとおり、原告北野については金三四〇万七五〇〇円、原告中山については金七二万九六〇〇円となる。

(原告北野)

三六万二五〇〇円×〇.八×一一+(三六万二五〇〇円×〇・八)×(一二・五-一一)×七÷一二=三四四万三七五〇円

(原告中山)

三〇万四〇〇〇円×〇・八×三=七二万九六〇〇円

二  争点2(退職金不支給事由の存否)について

1  本件退職金規程九条、一〇条には、懲戒解雇された者には退職金を支給しない旨の規定がある。しかしながら、退職金は、功労報償的性格とともに、賃金の後払的性格をも併せ持つものであることからすると、退職金の全額を失わせるような懲戒解雇事由とは、労働者の過去の労働に対する評価を全て抹消させてしまう程の著しい不信行為があった場合でなければならないと解するのが相当である。

2  そこで、本件についてこれをみるに、争いのない事実と証拠(〈証拠略〉)によれば、次の事実が認められる。

原告北野が課長、原告中山が主任を務める被告会社第一営業部(部長は空席であるため、原告北野が最上位者であった。)では、残業や休日出勤の努力が実り、平成五年四月、他の部に先がけて四半期売上目標を達成し、被告会社から報奨金も支給されたことから、慰労会を開くことが提案され、同課員の水谷幸市が幹事役となり、同月九日、屋形船を仕立てた花見会(以下、本件花見会という。)が開かれた。同会には、二五名の部員全員と製作下請会社の者三名も出席した。二五名の部員のうちには、六名の女性、三名の未成年者(うち二名が女性)が含まれていた。花見会そのものは、午後七時過ぎから同九時五〇分頃までであり、終了後散会し、原告北野は、その後帰宅したが、中には連れ立って二次会に行った者もあった。会費は、男性が一万円、女性が五〇〇〇円であり、製作下請会社の参加者からは、更に若干の寸志が提供された。

その五日後の平成五年四月一四日、原告北野は、緊急臨時部課長会議が開かれるというので出先から帰社した。同会議では、本件花見会が唯一の議題とされ、原告北野は、被告会社の新村敏光社長や米屋勉経営統括管理本部長から、午後零時を過ぎる夜遅くまで未成年者を酒席に連れ歩かないように、出入業者を交えて飲酒する場合は経済的負担をかけないように、社員の大勢で行動する場合は事前に報告するようになどと注意を受けた。原告北野は、「好きな者同士が集まってなぜ悪いのか。」と反論したが、「万一事故があった場合の責任はどうするのか。」などと追及された。それまで、被告会社では、出入業者と飲食するときは費用は被告会社で負担するか折半するようにとの内々の注意はあったが、それまで緊急臨時部課長会議なるものは開かれたこともなく、定例の経営会議においても、未成年者が酒席に参加することについて問題とされたことはなかった。被告会社の忘年会や歓送迎会等、飲酒を伴う宴席に未成年者や製作下請会社の者が出席することはむしろ通例のことであった。

原告北野は、当日の終業後、第一営業部員の原告中山、反町、林、水谷らに緊急臨時部課長会議の状況を報告した。反町、水谷らは、被告会社が緊急臨時部課長会議まで開いて注意したことに憤慨していた。原告北野が「気持ちが不安定なので、明日は休みたい。」と述べると、原告中山、反町らも「明日は休む。」といい出した。原告北野はこれを制止したが、最後には、皆が出社しないのであれば、同原告が出社して欠勤の報告をするということになった。

翌一五日は、昇給辞令交付日であったが、原告中山、反町らは出社しなかった。原告北野は、同日の朝礼の際、被告会社の米屋経営統括管理本部長に対し、「気持ちが不安定で整理がつかないので早退させてほしい。昇給辞令は、本部長預かりにしてほしい。」と告げ、また朝礼後、「有給休暇で休ませてほしい。」といって、退社した。その後同原告は、被告会社の近くで待機していた原告中山や反町らに対し、「気持ちが落ち着かないので早退するから、皆は出社するなり、帰るなり自由にするように。」といって帰宅した。

同日、被告会社は、原告両名、反町、水谷及び中村に対し、出社を命ずる電報を発した。これに応じて反町、水谷及び中村は出社したが、原告北野は、右のとおり有給休暇を請求しており、また原告中山は、同日午後八時過ぎまで帰宅せず、右電報に接する機会がなかったので、出社しなかった。

翌一六日、原告中山は出社し、米屋経営統括管理本部長に対し、「会社を改革しようとした。」などと告げた。同日、同原告は、自宅待機命令を受けた。原告北野は、同月一七日、自宅待機を命ずる通告を受けた。

平成五年四月二二日、原告両名は、被告会社から、同月二一日をもって懲戒解雇する旨の「解雇通告書」(証拠略)を送付された。同通告書によれば、原告北野の懲戒解雇事由は、就業規則六二条(従業員の基本義務)二号(「職務上の権限を越え、または濫用して専断的な行為をしてはならない。)、五号(「会社の信用および名誉を傷つけるような行為をしてはならない。」)、六号(「従業員を煽動し、会社の不利益となる行動を起こし、または正当な理由もなく、上司に反抗してはならない。」)、六三条(服務心得)二号(「規律を重んじ上司の指示に従い、同僚と協調し明るい職場にするよう努めること」)、六四条(役職者の責務)七号(「関連業務に関しては、他の責任者とも密接な連絡を取り、上司にも報告して、業務の遂行に万全を期すること」)、八一条(譴責)五号(「会社の指揮命令に違反したとき」)、六号(「正当な理由なく上長の命令に反抗したとき」)、一一号(「所属従業員が譴責・減給・出勤停止の処分を受けて所属長として監督不行届と認められるとき」)、八二条(減給・昇給停止・役職の解任・日勤停止)三号(重大な過失、または業務上の怠慢により会社に損害を与えたとき」)、四号(「上長に反抗し、またはその指示に従わないことが再度にわたるとき」)、八三条(懲戒解雇)八号(「職務上の地位を利用して自己もしくは他人の利益をはかり、または、はかろうとしたとき」)、九号(「故意または重大な過失により損失もしくは損害を与えたとき」)、一二号(「越権、専断または業務命令に不当に反発し、職場の秩序を乱し、または職制に対し、中傷誹謗を行ったとき」)、一五号(「虚偽もしくは事実無根の言動により社員を煽動しようとしたとき」)、一九号(「職制を通じて発表した事項を故意に中傷誹謗し、会社業務に重大な悪影響を及ぼしたとき」)、二一号(「前各号の行為につき、これをほう助・共謀・教唆または煽動したとき」)、八六条(基本原則)(「従業員は、保健、衛生および安全に関する諸法規を守り、常に保健衛生に注意し災害防止に努めるとともに、会社又は衛生管理者もしくは安全管理者から指示があるときは、これに従わなければならない。」)に該当し、また原告中山は、就業規則六二条二号、五号、六号、六三条二号、六四条(役職者の責務)二号(「人事については公平に行うこと」)、八一条五号、六号、八二条四号、八三条八号、九号、一二号、一九号、二一号に、該当するものとされている。そして、右解雇通告書により、解雇予告手当として、原告北野については金四四万七五〇〇円を、原告中山については金三六万六四〇〇円を、それぞれ支払う旨通知を受けた。

前記出社命令に応じ、四月一五日に出社した反町、水谷及び中村に対しては、懲戒処分として、二日間の出勤停止処分がなされたが、懲戒解雇はされなかった。

平成五年四月二二日、被告会社の荒井流通部長から原告北野に対し、「米屋から退職願を出せば受理するといわれている。」との電話があったが、同原告は、退職願を出さなかった。

3  右認定事実によれば、就業時間後に行われた私的な集まりというべき本件花見会について、緊急臨時部課長会議まで招集し、原告北野を問責する必要性があったかどうか疑問であるといわざるを得ない。定例の経営会議において、万一事故が起きた場合は時間外といえども会社の責任があるから注意するようにとの伝達がなされたことがあったことが窺え、また内々に米屋経営統括管理本部長から原告北野に対し、仕入業者と飲酒するときは被告会社で費用を負担するようにとの注意がなされていたことも認められるが、右のような公式の場で特に本件花見会を取り上げて問題にしたのは、唐突かつ厳格に過ぎるとの感を免れない。被告会社として原告北野らのとった行動を問責するには個別に注意する等、他のしかるべき方法があったはずである。被告会社のために精励してきたと自負していた原告ら第一営業部員の反発を招いた原因は被告会社にあると認められる。

緊急臨時部課長会議で問責された翌日の四月一五日、原告北野は一旦出社したが早退し、また原告中山ら数名の第一営業部員が集団で出社しなかったことについては、就労義務、規律遵守義務を負っている従業員として軽率というべきである。しかし、原告北野が米屋経営統括管理本部長に対し、「気持ちの整理がつくまで有給休暇を取りたい。」と述べて退社したことには同情の余地があるといえるし、同原告が第一営業部員らを煽動した事実も認めることはできない。右社員らは、各自の判断で出社しなかったものと認められ、同日、原告中山を除き、電報による出社命令には応じており、被告会社が右欠勤により、業務活動において具体的損害を被った事実もこれを窺うことはできない。原告中山は、四月一五日の電報による出社命令は、帰宅が遅くこれに接することができなかったが、翌一六日には出社している。反町、水谷及び中村が二日間の出勤停止処分に止まったのに比し、原告両名について、管理者的地位にあることを考慮したとしても懲戒解雇とするのは、重きに過ぎるというべきである。また、四月二一日をもってなされた本件懲戒解雇は、原告らの弁明も聴取せずなされており、手続的にも瑕疵がある。

4  以上に認定・判断したところによれば、原告両名について、過去の労働に対する評価を全て抹消させてしまう程の著しい不信行為があったということはできず、退職金不支給事由となるような懲戒解雇事由が存在するということはできない。

三  そうすると、原告北野の請求は、退職金三四四万三七五〇円及びこれに対する支払期限(懲戒解雇の日から一か月を経過した日の翌日)である平成五年五月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告中山の請求は、退職金七二万九六〇〇円及び右同日から支払済みまで右同様年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから認容するが、その余は失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田肇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例